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2024年7月7日 小片リサ『montage』レビュー

それで、これまでリリースしてきた曲を見てみたら、「映画の趣味が合うだけ」はタイトルからしてそうですけど、映画という言葉が結構出てくるんですよね。それだったら映画をここでひとつにまとめて、ここまでの集大成的なことにできたらいいなと思って、映画に関連する言葉を探して、モンタージュという映画の撮影技法なんですけど、この言葉にたどり着きました。そこからですね。映画ありきのアルバムです。 『CDジャーナル』2024夏号

小片リサ 1stアルバム『montage』は映画がコンセプトになっています。たとえば、収録曲「じらして愛して for montage」にはこんな歌詞があります。

映画のクライマックスだけ見て満足してるようなものだわ

たしかに『montage』は映画の形式がよく合います。たとえば『montage』を視聴するときも、部屋で映画を鑑賞するように、CDプレーヤーにCDをセットして、ヘッドフォンを装着して、環境を整えてから、1曲目から17曲目まで静かに鑑賞する。きっと一本の映画を観た後のような心地になりそうです。

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1曲目:あかとき

『montage』はあかときから始まります。

響く沈黙と 重なる息の音

ピアノ、そして、息遣いまで聞こえる歌声。ドラム、バイオリン、ベースなどが続きますが音の数は多くありません。そのため、歌声がくっきりと聴こえます。そして、とても澄み切っている。

あかときは明け方です。大勢の人びとの喧噪が聞こえる昼間の時間帯ではありません。人びとは解散して、静かな時間が流れています。

部屋の中の空隙が目立ち、小さな音が大きく聞こえる。暗闇に日が差し込み、視界が少しずつ明瞭になる。誰も起きてなくて世界に独り取り残されたようで、感傷に浸ってしまいます。

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2曲目:Umbrella

Umbrellaあかときと同じく静かに始まります。つまり、バラードが続く。ただし、曲調は一見同じなのですが、あかときから続けて聴くと、違いが際立ちます。たとえば、あかときは多声的ではないのですが、Umbrella

ねぇ Umbrella この恋 隠して 確かな時間を頷きながら Umbrella ふたりだけの世界は 狭すぎて脆くて 霞ながらきらめいた

ここの重層的ハーモニーが幻想的です。何というのでしょうか、雨の雫がインクに落ちて、形を失い色が解きほぐされたような滲み方というのか。

「この恋隠して」「不安を口にしない」「優しすぎるその唇は」。素直に気持ちを打ち明け合うわけではありません。そのとき、いつもこの恋を黙って見守り助けてくれていたのがUmbrellaです。

いつか生まれ変わったら 青空の下 寄り添えるように Umbrella ひとりきり広げた 確かな恋をした私を 消えない傷あとを抱きしめるように Rainy day

この決意をUmbrellaに約束する。すると、最後ピアノが跳ねたメロディを奏でます。Umbrellaが答えてくれた! そういう嬉しい気持ちを与えます。

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3曲目:幻

『montage』は冒頭3曲がバラードです。

まず3曲バラードという(笑)。〔…〕これが今の私ですと言えるのはやっぱりバラードで、静かなメロディの中でちょっと息交じりの声をちゃんと聴いてもらいたいというのがいちばんのポイントでした。 『CDジャーナル』2024夏号

バラードであり、いずれも、失恋です。は特に過去の記憶を繰り返し上映します。フィルムは限界まで擦り切れている。

分かっていた あの日は あたしが悪かった

苦しい記憶です。だからこそ、思い返さずにはいられない。の小片リサの歌声は、遠くを見つめていて、多くの感情が表に現れるというよりはそれを押し殺しています。「あたしが悪かった」という後悔が止まらない。

あれから海にも行ったし 真夜中のドライブだってした でも変わんないこともあって 洋服の匂いとか 三杯までの珈琲とか 君はどうしてる?

過去の楽しい記憶もセピアに色褪せて、として残り続けます。ああ、苦しい。

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4曲目:映画の趣味が合うだけ

ここからガラッと変わります。いかに冒頭3曲の音の数が少なかったか。そう思うほどに豪華な音の数です。しかも、映画の趣味が合うだけでは失恋ではない。むしろ、これから恋が始まるかもしれません。

そして、声の感情も豊かです。

「彼だとか彼女とか 誰かいなきゃって子はキライ

あるいは

恋愛モノ 流行も それなりにちょっと好きだよ

絞り出すような高音の鼻音交じりなところがとてもギュッとなります。おそらく/i/の母音がとても狭い気がします。首が絞められてる―――は言い過ぎですが、息が詰まるくらいに、声道で気圧あがった呼気が/ai/とか/ao/で解き放たれるような。

鼻音交じり。つまり、「キライ」の/r//n/に聴こえたり、「好きだよ」の/d//n/に聴こえたり。

/ai/はもしかしたら繰り返されている音韻かもしれません。「若者が恋しない」「生きていたい」「キライ」「泣かない」「くれない?」「目見てくれない」など。

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5曲目:Actress

もし『montage』の表題曲を選ぶとしたらActressだと思います。他の収録曲はたしかにモンタージュされたひとつひとつのショットで、カメラが様々な角度から撮影している。しかし、Actress はカメラに向かって「私」が視線を突き刺します。そう思うほど、差し迫られた緊張感があります。

私がしたことに他者が喜んでくれる。そして、私に期待を寄せてくれる。その期待に喜んで答える。繰り返し答えているうちに、いつか私とは違う期待に答えなければならなくなる。誰もが少なからず経験をして苦しい思いをしたことだと思います。

とりわけステージに立つ職業はその経験が尋常ならざるものなのだと思います。「心がちぎれる」ほどの苦痛です。「心がちぎれる」前に「私」を取り戻さなければなりません。しかし、そう容易なことではない。

眩しすぎる現実に照らされ続け目を背けたくなる

逆に言えば「心がちぎれる」代わりに「眩しすぎる現実」から免れたのかもしれません。にもかかわらず、向き合うとActressは宣言します。そのためには、与えられた「身勝手なセリフ」ではなく私の「言葉」を言わなければならない。

たとえば、「私」を取り戻すためには寄せられた期待から外れなければならない。期待にそのまま答えないということについて、何かを答えなければならない。もしかしたら、否定したくないはずのものを否定したかのように受け取られたりするかもしれない。

「私」の視線は「窓に映る私」に向けられていますが、カメラ、スクリーンを超えて『montage』を鑑賞する私たちにも差し向けられているかのようです。

君にだけは認めてほしかった 今の私が間違いじゃないこと

「目を逸らさずに見つめて」という肉声に私たちも応答しなければなりません。

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6曲目:Air

大丈夫 君は 大丈夫

は過去を捨ててある未来に向かって進むことを決意しました。しかし、不安でなかなか踏み出せません。「2歩3歩先」に進むことさえできません。でも、決意はたしかです。「今は今の大事なものがあるんだね」。

そののことを一番理解しているのがぼくです。ぼくがいくら失敗をして傷ついたとしても、それが間違いじゃないことを知っています。だから「風をおくる」のです。走りだせるように。駆け抜けられるように。

言葉にすることが難しくて、胸がつかえてしまう、息が詰まってしまう。言葉にしても言いたいことではない言葉が口に出ている。そういうとき、歌を歌うと、まるでつかえていたものが、詰まっていたものが、吹き飛んで、風が通り抜けるように言葉を届けられる。

Air は追い風です。上手く踏み出せないときに駆け抜けるための力を与えます。気づけば進みたい道に向かって走り出せる。

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7曲目:じらして愛して for montage

「君」と「ぼく」の世界から一変して、じらして愛して for montage には大人の落ち着きが現れます。

まず、イントロの色気のあるベース、そして、くすぐるような

じらして じらして じらして じらして じらして じらして じらして じらして じらして じらして じらして じらして

というコーラス、そして、不安を楽しむ揺れるシンセ

そして、小片リサの歌声がスモーキーなのです。もしかしたら『montage』の中でもっとも色気があるのがじらして愛してかもしれません。とりわけ、最後のサビの声はけしからぬことになっています。じりじりにじらされてしまい、破裂寸前の超敏感状態です。

その視線だけでヤケドしちゃうくらい じらして じらして じらして愛して

声帯ではなく息で歌ってるのではないでしょうか。そして、息が切れそうです。もう倒れます。

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8曲目:Painter

今回の衣装でオーバーオールに古着を腰に巻いてキャップをして…というのがありますが、まさにPainterはそのイメージです。ガレージをアトリエにして、ペンキとバケツを持った小片リサが浮かびます。バックにはバンドもいたでしょう。

スクランブルのは集まって 僕を後目に交差する

プロムナードでをしのいだ 僕を後目に降り続く

も僕のことはお構いなしに自由気ままです。だから僕も何も気にすることなく思うがまま描けたらというわけですね。どうなるかは分からないけど、きっと君も気に入ってくれるだろう。

カッコいいロックなサウンドですが耳をつんざくこともありません。風に吹かれて心地よい雨を浴びているような爽快感。

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9曲目:パラレルファンタジア

Painterガレージ感から一気にファンタジーに世界が一変します。ラジカセの停止ボタンをガチャって押したかと思ったら、古いアンティークなオルゴールのゼンマイをギギギっと回す音に。

まるで絵本の世界です。人形たちが息を吹き込まれて動き出し、壮大な冒険に出かけます。

「大丈夫だよ」って言えるほど まだ何も 見つかっていないけど 「終わらせない」って決めたなら こんなところで諦めなくてもいいよね

そこはかとなく Air のイメージと重なりながら、より彩り鮮やかで、高波を乗り越えていく船が目に浮かびます。

気候や風向き安定しない大海原のように楽曲のリズム、テンポがとても不思議です。向かい風を受けて力一杯に舵を切っているようなイメージであったり、一気に追い風を受けて前に突き進むイメージ。あるいは荒れ狂う嵐の中に入って、「水しぶきが星に変わる」ほどの燦燦と輝く日差しの下に飛び出したり。

この曲もまたボクキミの二人の、パラレルな冒険です。

踏み出してみよう 歌ってるのはきっと 一人だけじゃないから キミの呼ぶ声が聴こえる気がした 「ハロー、パラレルファンタジア」

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10曲目:ちいさな世界

パラレルファンタジア では「七色に輝く世界」「勇者になる未来」「人魚の歌」「ドラゴンを追いかけて」などファンタジー要素が散りばめられていましたが、ちいさな世界ドキュメンタリーあるいはリアリティーに溢れてます。

ちいさな世界 はシングル曲でしたので私たちはすでに聴いたことのある曲でしたが、パラレルファンタジアに続くと一気に印象が変わります。周囲の身近な現実と遠い世界の出来事がこうも簡単に共存するちいさな世界

そして、曲調も不思議ですよね。アラビアンな感じ。

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11曲目:Kitty

また印象がガラッと変わります。AirPainterパラレルファンタジアあるいはキミボクという少年的なイメージが続いていました。たとえば、太陽、青空、海、風みたいな。陽も世界を照らしている時間帯に思えるのですが、Kittyです。しかも、夜更けです。

24時を過ぎた頃 街は色づく The sign

じらして愛して と同じく揺れるシンセに色っぽい歌声が惑わします。

個人的に小片リサの色気を感じるのが

Baby, I’m your kitty

/m/の音ですよね。「I’m your」という2音節なわけですが、限りなくmyourに癒着してると思うんですね。あえて書くなら「I-myour」のような。mewに近いmyourなのです。これがなんとも猫的で色っぽい。

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12曲目:ムーンナイト・シークレット

冒頭の耳元で囁く

moon night secret

くすぐったいです。悶えました。

昼間の恋はもう飽きたわ やたら擦れたフリして 深夜タクシー 拾った公園通り

Kittyに引き続き深夜です。「昼間」はもう飽きたそうです。そして、またこの人渋谷にいます。しかも、終電ももうありません。レイトショーを見た後でしょうか。

もっともっとヤバい期待させたい 気のない素振りみせて やっぱ まだバイバイしたくない そんなの覚えたの

じらして愛して と同じく、素直に打ち明け合うみたいなことをしません。あえて駆け引きを仕掛けてきます。ただ、じらして愛して for montageとは歌声のトーンが違うんですよね。成熟しきってはいない。まだ、わずかに背伸びをしている。

もっともっと深いセカイ知りたい

地方から上京して独り暮らしを始めて、いろいろ自由に行動できる喜びを感じてまだ間もないのではないか。

映画の趣味が合うだけ/ai/が繰り返されている?と書きましたが、むしろムーンナイト・シークレットです。

とりわけ/nai/ですね。タイトルの「ムーンナイト」でもありますが、

真面目すぎてつまらない なんてもう絶対言わせない

という、一方的に投影された真面目な優等生的なイメージを払拭するための否定のないでもありますし、

/ai/まで広げれば、

「どうでもよくなりたい」「ヤバい期待(きたい)させたい」「上手に奪ってちょうだいおねがい」という欲望的な/ai/でもあるのです。

この背伸びしてて殻を破ろうとしている感じが初期の小片リサの歌声にまた合うのです。

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13曲目:君が好き

君が好きも不思議な曲ですよね。こういう言い方が正しいか分かりませんが『montage』の中で『bon voyage』に収録されてても最も違和感がないのは君が好きな気がします。というのも、なんとも古風なのです。

この曲もボクの真っすぐな恋の歌なのですが、なんというのか幼さがまったくない。季を超えた時間の長さを感じます。

風がサヤヤ

とりわけ、ここに古風を覚えます。その意味では文化村通りあるいは公園通りのような都市的な響きはない。

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14曲目:裸の”Mew”

バラードが続きます。裸の”Mew”です。

アルバムに並ぶことで気づいたことですが、あかときの声のトーンと比べるとバラードとはいえかなり強めに思います。

ただただ沈むのではなく、後悔に満ち溢れていて、自分の不器用さにも怒りさえ覚えます。時間帯もあかときに重なります。だからこそ、対比的です。

東の窓が白んできて 眩しさが目に沁みる

また、全体を貫く言葉にすることの困難がここにも現れます。

次は上手に伝えたい 素直にもっと …裸の”Mew”

犬のように吠えるのではなく、猫の息を詰まらせながらMewという鳴き声です。

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15曲目:君はスターゲイザー

君が好き裸の”Mew” とバラードが続き、そろそろアルバムも終わりの時間…と思ったところで驚きを与えるのが君はスターゲイザーです。

wow wow wo wo wow

ここまでの『montage』のイメージを突き破ります。満点の星空を流星のような速度で駆け巡る。

個人的に『montage』全体にアニメーションを感じます。たとえば、Airパラレルファンタジアなど、そして、君はスターゲイザーです。主題歌にぴったりじゃないでしょうか。そして、高速で夜空を駆け巡り星が白い直線になっている様子が浮かびませんか?

しかも、青春。

日が昇っていくその前に 伝えてしまえ僕 答えを聞くのが怖くて踏み出せない あの夏の涙
夜の闇の中 今もふと思い出せる 星を見上げる横顔 優しい声で話す君が好きでした

君は星を見つめる人(スターゲイザー)、そして、僕は君を見つめる人―――

映像が浮かびます。夏の夜、お互いに軽い装いをしていて、汗も乾いて風が心地いい。夜空を見つめる。そこに広がる満点の星空。君はとてもうれしそうな表情でそれを見つめる。僕が伝えようか伝えまいか胸を苦しませていることを知らずに。

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16曲目:散歩道

さて、夜が続いていましたが、一気に晴れ渡ります。カリオストロの城でクラリスを奪還したあと、あの草原で大切なものを盗むあのシーンのように。事件がすべて解決したあと、エピローグ的に挿入された映画のワンシーンのように。個人的には耳をすませばとか魔女の宅急便のような光景が浮かびました。

空に広がる雲みたいに 私は凡(あら)ゆるカタチになって 日々に溶け込む 今はただ 優しい時間(とき)に心委ねたい

あらゆる不安や孤独が暖かい陽気に包まれることで癒されるような。そして、心地い優しい風に身を委ねるような。

アルバムの前半から後半までは、あまり心休まることはなかったと思うんですね。不安と戦ったり期待に胸を膨らませたり。でも、散歩道はとても暖かい陽気でやさしく私たちを包み込みます。

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17曲目:どっち for montage

1曲目のあかときでは少ない音の数とはっきりと聴こえる小片リサの歌声に驚かされました。さらに驚かされたのは最後です。どっち for montageは歌い出しがアカペラです。

1コーラス目までは比較的そのまま少ない音の数です。小片リサは部屋の中で小さなスポットライトの中心で歌っている。しかし、2コーラス目から一気に音の数が増えます。部屋全体が照らされて、『montage』の制作陣が集結しているかのようです。といっても、広場に大勢の人たちが集まって…というわけではなく、身内だけでしめやかに…

小片リサのソロ活動を支えていた仲間たちが集まり、最初のオリジナル曲のどっちを今改めて歌う。とても感動的で拍手を送りたくなる気持ちになりました。

最期の時 何を思う?

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エンドロールまで見る派だって 分かったあの瞬間

ピアノの音と小片リサの声で『montage』は始まり、同じく、ピアノの音と小片リサの声で『montage』は静かに終わります。鍵盤の木の質感まで伝わるほど慎ましい。CDプレーヤーも終わりの標識を感知して、CDの回転を静かに止めます。

このとき、私たちが身を置くのは、映画を見終わった後、劇場内が照明が照らされて、もう帰るほかないが、しばらく席を動けないあの心地です。

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